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降下放射能と戦後日本の癌患者数の推移

下のグラフは日本人の死因別の死亡率の年毎の推移だが、戦後は黄色線で示されているガンでなくなる人が右肩上がりで急上昇している。
これを生活習慣病や食物のせいにする論は多いが、さらに下の「年代別のセシウム、ストロンチウムの降下量のグラフを見ていただきたい」
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厚生労働省/人口動態調査/ 平成21年人口動態統計/死因年次推移分類別にみた性別死亡数及び率

降下量が最多だったのは1950年代から1960年代であることがわかる。今から約50年前のこと。当時生まれた人ならば現在50~60歳代となる。
言わずもがなでご存知であると思うがガン患者の多くは中高年世代である。また最近では20歳代から女性の乳癌患者が増加しており、3.11震災直後にタイミングよく連続放送された仁科亜季子親子出演のACの乳癌検診のCMからもその増加がうかがえる。
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週間ポスト2011/7/22・29号記事「50年前の日本は「放射能まみれ」だった」(P36~37)より引用

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週間ポスト2011/7/22・29号記事「50年前の日本は「放射能まみれ」だった」(P36~37)より引用

降下量のグラフを見ると1950年代から1960年代という長期にわたり多量の放射性物質が降下し同時に被曝していたことになる。
今日のがん患者の多くは当時生まれ成長期を過ごした団塊の世代であり、増える乳癌患者は団塊ジュニア世代であることから放射能の影響を受けた結果と考えられる。
ここで指摘したいのは今回の福島原発事故の放射性物質の降下量はグラフの最高値である1960年代やチェルノブイリ原発事故当時の降下量をはるかに上回ると思われることだ。
1950年代~1960年代の核実験による放射性物質の量とチェルノブイリ事故の際の量が同レベルであるのだが、チェルノブイリは日本から8000km離れているにもかかわらず、福島と沖縄那覇は1700km、那覇と知床岬は2500km程度の距離しか離れていないため今回の放射性物質の降下量は戦後最大級になると考えられる

上の死因別死亡率のグラフのがん患者で亡くなった方の推移をみると尋常ではない急増ぶりだが今後はさらなる上昇が予想できてしまう。




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